取材  戦国の世を制した男が“御医師”と呼ばれたわけ | Doctors LIFESTYLE | m3.com

医師向けのインターネット会員制コンテンツ「エムスリー」より取材を受けました。 内容は徳川家康公について。NHK総合、NHK・BSプレミヤム・で以前取材された資料を基に、家康公秘伝の漢方薬を再現した「八ノ字」を撮影に使い、その漢方薬についての内容を詳しく説明いたしました。内容の一部は、以下に書いてありますので、ご興味のある方は、ご覧ください。

家康の常備薬“⼋之字”とは?
⾃ら調合した薬は数々あり、万病円、寛中散、銀液丹、神効散などが『駿府御分物御道具帳』全11冊に記録されています。中でも薬棚の8番⽬にあったことから“⼋之字”と呼ばれた常備薬がありました。これを“⼋味地⻩丸”とする解釈もある⼀⽅、『延寿和⽅彙函』には“無⽐⼭薬圓”が家康公の常備薬であったと記されており、こちらこそ“⼋之字”とする声も少なくありません。
その“無⽐⼭薬圓”をNHKの番組『⽬からウロコの歴史旅』と『偉⼈たちの健康診断』の収録時に再現したのは、静岡市葵区の『むつごろう薬局』の店主であり薬剤師の鈴⽊寛彦⽒です。
2013年の放映の際に再現され、鈴⽊⽒が保存してきた“⼋之字”
無⽐⼭薬圓
調合:乾地⻩ ⼗匁/⼭茱萸 ⼗匁/⼭薬 ⼆⼗匁/沢瀉 ⼗匁/茯苓 ⼗匁/五味⼦
六⼗匁/⾁縦容 四⼗匁/杜仲 ⼆⼗匁/兎絲⼦ ⼆⼗匁/⾚⽯脂 ⼗匁/巴戟天 ⼗匁/⽜膝 ⼗匁(全12種・⼀匁は3.75g)
『訓註 和剤局⽅』陳 師⽂、吉冨兵衛著・緑書房:丈夫の諸虚百損、五労七傷にて頭痛⽬弦、⼿⾜逆冷、或いは⾷少なして脹満し、体は光沢無く、陽気衰絶、陰気⾏らざる治す。此の薬は能く経脈を補いて、陰陽を起こし、魂魄を安じ三焦を開き、積聚を破り腸胃を厚くし、筋を強くし⾻を練り、実を軽くし⽬を明らかにし、⾵を除き冷を去る、治せざる所なし。
作り⽅:胃にもたれやすい乾地⻩、沢瀉、⾁縦容、兎絲⼦は酒、杜仲は酒と⽣姜汁半々で48時間浸し24時間常温で乾かし、沢瀉と杜仲は焙烙で炒って表⾯を乾かし、他の⽣薬と薬研で粉末にする。すべてが粉末になるのには約10時間がかかる。その後、乳鉢で撹拌し約8時間湯煎。濃縮させた蜂蜜(煉蜜)を少しずつ加えて混ぜ、最後は⽕傷に気を付けながら蕎⻨をこねるように⼿で練り上げる。さらにゴルフボール⼤に⼩分けし丸薬製造機に⼊れ丸め、乾燥させる。
先に述べたように家康公は、⽼⼈といえども逞しく、60歳で末っ⼦をもうけ、69歳に川で泳いだ記録を残し、70代も変わらず鷹狩りを続けていることから、“⼋之字”は、⾜腰を強靭にする牡丹⽪、桂⽪、附⼦といった薬種が⼊ってい
る“⼋味地⻩丸”より、腎を鍛え、胃腸を整えるなど、体格・体質にあった“無⽐⼭薬圓”の処⽅の説が際⽴ちます。
この“⼋之字”は、「腫瘍を破り、胃腸を強くする」とされた薬。さらに調合された「⾚⽯脂」は、古くから胃腸の癌に⽤いられた薬種でもあるのですが……。
さて、戦国の世に⽣まれ、幼少期から今川家と織⽥家で、いつ命を絶たれるかもわからない⼈質の⾝に置かれた境遇。さらに先⼈、織⽥信⻑、豊⾂秀吉の下で多くのストレスを抱えていた家康公は、実はとても神経質で、⽖を噛む癖
があったといいます。次回は、この常備薬をヒントに、その病癖や死因、そして医術へと駆り⽴てた真意へと迫ります。
取材協⼒(順不同・敬称略):久能⼭東照宮/むつごろう薬局 鈴⽊寛彦/浄⼟宗『専照⼭円光院』