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むつごろう薬局「自然の漢方薬で赤ちゃんはきっとできる」

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静岡市徳川家康公400年祭講演(2014年2月 静岡市葵区)

2015年03月16日

どうして長生き家康公

はじめに

江戸時代で75歳まで健康で長生きをし、子沢山に恵まれた家康公の秘訣は、鷹狩りで足腰を鍛え、麦飯を良く噛んで歯を鍛え、秘伝の漢方薬をのんでいたこと。

その秘伝の漢方薬の1つが八之(はちの)字(じ)なのです。八之字は中国、宋の八代皇帝「徽宗(きそう)」がまとめた太平(たいへい)恵(けい)民和剤局方(みんわざいきょくほう)という医学書にでてくる無比山(むひさん)薬(やく)円(えん)と同じものです。日本の漢方医、三宅(みやけ)意安(いあん)が著書、延(えん)寿(じゅ)和(わ)方(ほう)彙(い)函(かん)のなかで「八之字」と命名しました。また、無比山薬圓(=八之字)は、漢時代の医学書、金匱(きんき)要略(ようりゃく)の中の八味地(はちみじ)黄丸(おうがん)を参考にして作られました。

八味地黄丸は、腰痛、前立腺肥大、高血圧症、低血圧症、老人性白内障、糖尿病、貧血、夜尿症、疲労倦怠、精力減退、動脈硬化症、脳梗塞、脳血管障害の後遺症、腎炎、腎臓結石、頻尿、等等、ご年配の方には、力強い味方なのです。よく「老化は、足から始まる」とよく言われます。この事を東洋医学では、「腎虚(じんきょ)」といっています。腎とは腎臓のことですが、生殖機能や、腰から下の機能も含まれます。ですから、腎炎や前立腺肥大、腰、膝の痛みも腎虚になるわけです。虚とは、空っぽという意味です。何が空っぽなのか?それは元気、気力です。親から頂いた「先天(せんてん)の気(き)」と、空気や食べ物から取り入れた「後天(こうてん)の気(き)」が腎にたまって生きるエネルギーとなるのです。よって長生きの秘訣は腎を強くすることです。家康公はこの東洋学的な考えをいち早く情報収集して尚且つ実践した方なのです。

八之字の効能

和剤局方の中に、出てくる無比山薬圓(=八之字)は、次のように書かれています。

「丈夫の諸虚百損、五労七傷にて頭痛目眩、手足逆冷、或は煩熱時有り、或は冷痺骨疼、腰髖随わず、飲食多しと雖も、肌肉を生ぜず、或は食少なくして脹満し、体は光沢無く、陽気衰絶、陰気行らざるを治す。此の薬は能く経脈を補いて、陰陽を起こし、魂魄(こんぱく)を安じ三焦を開き、積聚を破り胃腸を厚くし、筋を強くし骨を練り、身を軽くし目を明らかにし、風を除き冷を去る、治せざる所なし。之を服して七日の後、人をして身を軽健にし、肢体潤沢、唇口赤く、手足緩やかに、面に光悦ありて、食を消し、身体安和、音声清響ならしむ。是其の験なり。十日の後、肌肉長ず。此の薬は中を通り脳に入り、鼻必ず酸疼す、怪しむこと勿れ。」

八之字の作り方

成分;乾地(かんじ)黄(おう)、山茱萸(さんしゅゆ)、山(さん)薬(やく)、沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、五味子(ごみし)、肉(にく)縦(じゅう)容(よう)、杜(と)仲(ちゅう)、兎絲子(としし)、赤石(しゃくせき)脂(し)、巴戟天(はげきてん)、牛(ご)膝(しつ)

下拵えとして胃にもたれやすい成分(乾地黄、沢瀉、肉縦容、兎絲子)はお酒や、酒と生姜汁半々(杜仲)で48時間浸し24時間常温で乾かし、沢瀉と杜仲は焙烙(ほうろく)にて炒って表面を乾かし他の生薬とも薬研(やげん)で粉末にする。全てが粉末に仕上がったのは約10時間。その後、乳鉢で撹拌し約8時間湯煎して濃縮させた蜂蜜(煉蜜という)を、少しずつ混ぜる。最後はそばをこねるように火傷に気をつけながら手で練り上げる。そこからゴルフボール大に小分けして、丸薬製造機に入れ丸める。球同士がくっ付かないように注意しながら丸くしていく。後は乾燥させて出来上がり。

家康公は胃腸が弱かったと聞いています。「鳥犀圓(うさいえん)」や「萬病圓(まんびょうえん)」といった胃薬をよく飲まれていました。「八の字」は、胃腸に加えて、肺に、足腰に、高血圧に、明目(目を良くする)、頻尿に、膝の痛みにと五藏六府を守っているバランスのよい漢方薬なのです。

駿府薬草園の生薬

阿部正信著、「駿國雜(すんこくざっ)志(し)」によると、家康公は静岡市内に「御藥(おんやく)園(えん)」を二箇所もっていました。其の一つが、駿府城外堀付近で、一つが久能山下とあります。まず駿府城付近では、住所が安倍郡北安東村(俗に明屋敷(あきやしき)と云う)にあり、初瀨山長谷寺の隣にあり、約四千三百七十三坪で四方に熊笹生垣があり大場久四郎が地守をしていたとある。此の園中に産する所の藥種は、

安倍郡北安東村「御藥園」

使君子(唐船持渡)、草菓(唐船持渡 福建)、草豆冠(唐船持渡 福建)、延胡索(朝鮮)、貝母(唐船持渡)、附子(奥州津輕)、甘草(甲州)、黄芩(朝鮮)、呉茱萸(唐船持渡)、肉桂(唐船持渡)、烏藥(唐船持渡)、ほんほろもんすう(阿蘭陀)、山茱萸(朝鮮種子)、和木香(江戸)、補骨脂(唐船持渡)、白朮(唐船持渡)、蒼朮(唐船持渡)、ほろごがる(長崎種實生)、枳殻(薩摩)、砂糖黍、大靑(浙江)、霍香(薩摩)、藁木(小石川御藥園出)、烏藥(唐船持渡 揚州)、枳樹(唐船持渡)、無夷樹(唐船持渡)、大靑(江南)、唐芋(大村河内守献上種子)、馬兜鈴、和呉茱萸、零餘子人参、薄荷、天門冬、地黄、縮砂、蓮、當歸、巴戟天、苦参、和防風、苧麻、黄蜀葵、黄連、川芎、知母、三菱、柴胡、細辛、杜衡、蘿勤、龍膽、草烏頭、白芷、蘿摩、商陸(やまごほう)、茴香、眞升麻、丸葉升麻、唐大黄、山査子、鳥臼木、和黄檗、山梔子、金櫻子、辛夷、桑、合歡、杜中、槐、厚朴、大棗、黄耆、唐出茯苓、三七、眞五味子、唐覆盆子、大葉麥門冬、升麻、三慈姑、白山芍藥赤山芍藥、百合、蘭、五葉覆、續斷、冬葵、大葉車前、續隋子、蒼耳(おなもみ)、紅草、天南星、菎麻子、半夏、茜草、射干、芭蕉、白前、白大戟、唐防已、甘遂、和麻黄、地楡、唐酸棗、蔓荊、かわりん(・櫨)、唐胡桃、海松、油桐、楮、馬鞭草、羊乳根、前胡、澤瀉、へんるうた、木瓜

八之字の十二成分中七成分が、この薬草園で育てられています。それ以外のもので山薬は地元の特産品で質の良いものが豊富にあり、肉縦容は、富士山麓に今でも天然のものが手に入ります。赤石脂は赤土の粘土としてあるものですから、兎絲子と、牛膝だけが定かでありません。両薬草園合わせて五千坪(一丁八反)の薬草園で、是だけの薬草の種類だと単品での収穫量が限られます。当薬局の薬草園でも最高で六反近くまで広げたことがありましたが、煎じ薬での使用量と連作障害を考えると、せいぜい三種類が限度でした。丸薬の製造に置いては単品での生薬の使用量が少なくて済むのでこれだけの種類が育てられたのでしょう。

まとめ

この八之字は、晩年家康公の老化防止の保健薬として使われていた理由として肺に、足腰に、高血圧に、明目(目を良くする)に、胃腸に、頻尿に、膝の痛みにと、五藏六府を守っているバランスのよい漢方薬です。そして、家康公はこの自家製の漢方薬を家臣にも飲ませていたと聞いています。自分の弱点を知ることが名将の秘訣であるならば、家康公は自分の身体の弱点も良く知っていました。また、医学的にも人の身体のメカニズムもよく勉強していました。しかしそれだけではなく、難解の医学書を読破し、自ら漢方薬を作り上げるといったあくなき探究心。漢方研究家、家康公に学んだことははかり知れません。

むつごろう薬局 薬剤師 東邦大学客員講師 鈴木寛彦