漢方の専門誌「漢方の臨床」への原稿投稿
不妊症の方に漢方薬をお出しするときに、「身体を温める食べものと冷やす食べ物」についてお話することがあります。近頃、生姜が若い女性のブームになっていることでも分かるように、体を温めるものを必要としているのでしょうか。夜はビールにワイン、朝食はコーヒー一杯か、よくてパンとバナナとヨーグルト、一日中冷房のきいた部屋でパソコン仕事では熱が作られるわけが無いのです。また、ストレス社会は、絶えず脳を働かせているため上焦を熱し、疲れを取るための砂糖や果糖の摂り過ぎは子宮、卵巣が位置する下焦を冷やしていきます。陰証瘀血の持ち主が増えているのも生活スタイルの変化が影響しているのでしょう。当たり前の話ですが、漢方薬を服用するだけで全てが解決するのではなく、縄跳びの勧めと、身体を冷やす食べ物を減らし温めるものを積極的に採るように伝えています。
この原稿を書き始めた9月の下旬は、朝夕は肌寒い日も多く咽頭痛の風邪がはやり始めていますが、日によっては30度を超えてきます。『傷寒論』で言う太陰病が始まる時期となります。店先の駿府城外堀に根を張る芍薬と牡丹は茶色く枯れてきます。まだまだ元気がよいのは、静岡トウキ(当帰)、安曇野キハダ(黄柏)です。また、もう少し経つと佐渡オケラ(蒼朮)が、とても可愛らしい真っ白な花を咲かせます。自家常備薬も柴胡桂枝乾姜湯から、小建中湯となるのもこの時期です。身体が冷えを感じる状態を「寒」「冷」「厥」といいます。『傷寒論』での「寒」は、悪汗発熱、往来寒熱、背微悪寒がそれで、陽証に登場し、「冷」は陰証期に於ける他覚的な冷えの状態に用いられ、「厥」はつきる、のぼせる意味で「寒」「冷」の病状がきついものを厥寒、厥冷といいます。
太陰病の冷えは、日によって30度を越えるこの時期に似て、余熱のような熱感を併せ持つことがあります。金匱要略で言う八味地黄丸の足心の煩熱や、小建中湯の手足煩熱、温経湯の上熱下寒がそれです。以前不妊症のお客様で、陰陽瘀血の漢方を色々使うこと1年、なかなか結果に至らない方に、「靴を脱ぎたくなる、布団から足を出したくなる」との訴えを目標に八味丸1ヶ月でご妊娠された例がありました。
陰病の治病原則は、温散で裏(腹中)を温めることを行います。『金匱要略』、腹満寒疝宿食病篇の大建中湯は、「心胸中、大いに冷え痛み、嘔して飲食する能わず、腹中寒え、上衝して皮起こり出で見れ、頭足ありて上下し、痛みて触れ近づくべからず。」といい、心腹両方が冷えて痛む状態で、蜀椒と乾姜をもってその冷えをとります。身体を温める食べものでもこの両者は最も温めるほうに入り、中国研修で出された、癖のある山椒としょうがのスープを飲んでとても元気になったことを覚えています。乾姜は、しょうがを乾燥させたものですが、食品の柿や、生しいたけを日干しで乾燥させると温める食べ物に変わります。日に干した布団はふかふかで温かくなるように、当帰も3ヶ月間、半日陰にしてほどほど日にあててから湯もみを始めます。これが太陰病の温め方になります。また、身体を冷やす食べ物であっても、煮炊きして熱を加え温かいうちにいただくことや、塩押しをして日を経ていただくと身体は温まります。蜀椒は、下焦の虚寒を温める働きがあり、乾姜は陽気を通わし中を温めます。
中略
同じく太陰病で、腹中を強力に温める薬方は、赤丸があります。『金匱要略』腹満寒疝宿食病篇に「腹中寒氣、厥逆する」とあります。厥逆は、厥寒、厥冷より冷えが進んだ状態で、烏頭、細辛が陳寒を温め、寒氣厥逆を治します。烏頭は陽気を救い、細辛は温めて寒気、欬を治します。この赤丸はアレルギー性鼻炎に著効を得ることが多いのですが、大寒でも気温が氷点下になることが少ない静岡市街では、烏頭、細辛の出番が少なく、むしろ三島ブランドの柴胡が引っ張りだこになります。余談になりますが、私が始めて漢方生薬の無農薬栽培に挑戦したのも柴胡でした。三島の近くの函南町山の頂上付近にある畑の気温は昼夜の差も激しく、まるで少陽病期の往来寒熱です。中国大陸での自然環境がそれぞれの漢方医学体型をつくった様に、寒い地方には温めて代謝を高める漢方薬を、暑い地方には発汗して冷やす漢方の出番が増えるのではないでしょうか。そして温暖な静岡の気候は、柴胡を選び、日本の象徴である「和」をいただく和法をもって多くの方の疾患を治癒しています。食事も同じです。南国の果物は身体を冷やし、寒い地方の食べ物はよく身体を温めます。
話を戻します。烏頭とペアーを組んだ細辛が、当帰と組むと「手足厥寒脈細にして絶せんと欲する者」の当帰四逆湯で、不妊症の多くの方が「内に久寒」がありますので、専ら当帰四逆加呉茱萸生姜湯が多く使われます。この薬方中には、大棗が多く胃の血流をよくし、表寒を温めしもやけに効果的で、当帰、芍薬は寒冷によって起こる腹痛(疝気)を治します。厥冷は太陰病の呉茱萸湯で、「吐利し、手足厥冷し、煩燥し、死せんと欲する者」と『傷寒論』少陰病篇第319章に登場します。この手足厥冷の原因は胃寒にあり、胃寒は胃の機能を低下させ胃内停水となります。よって、呉茱萸で胃を温め、ひね生姜をもってその水を小便に導き、手足厥冷を除きます。同じ厥冷の四逆湯との鑑別でも分かるように、本方の決め手となるのは上行の勢いである頭痛で、激しい頭痛には特効薬です。当帰四逆加呉茱萸生姜湯しかり、本方でめでたくご懐妊された例があることから、温める食べ物の指導の重要性が大いにあると思われます。
また、太陰病の定綱は、「腹満して吐し、食下らず、自利益甚だしく、時に腹自ら痛む。もし之を下せば、必ず胸下結鞕す。」と言い、虚満です。腹痛、腹満と言えば私の虎の子、小建中湯の出番となります。『傷寒論』では、「腹中急痛すべき者」「心中悸して煩する者」といい、『金匱要略』では、「虚労・・・手足煩熱し、咽渇き口燥く者」「婦人腹中痛む」といっています。小建中湯は、衰えた中焦の機能を建て直す意味があります。中焦が衰えていると、姿勢が猫背になり、声が小さくなり、疲れやすく、貧血気味になります。また、周りの目がやけに気になり時には虚勢を張ってがんばって見せるのですが、長続きはしません。緊張が内臓の筋肉を引きつらせ、緊張性の腹痛に苦しみます。助けるために気血が内に集まり手足にめぐらず煩熱を起こします。ひどい方は夏冬問わず起きやすいのですが、冬は冷えている場合が多いです。この熱は虚熱で、膠飴の甘味と芍薬を持って緊張を緩め冷えと痛みを改善してきます。また、桂枝、甘草はのぼせに働くのですが本方の場合、芍薬が多いためか頭までは上らず、心中悸して煩することを抑えます。
中略
朝食をパンからご飯へ、コーヒーを番茶へ、南国のバナナを干し柿に、ヨーグルトを漬物や味噌汁に変えていただき午前中の体調が非常によくなった方、疲れなくなった方、冷えが改善してきた方が実に多いことに実は私自身が一番驚いています。また、現代の若い女性は太陰病の裏(腹中)を温める漢方薬を必要としているのでしょう。温経湯、建中湯、当帰芍薬散、苓姜朮甘湯、人参湯が、年100人の御懐妊の方の薬方の8割を占めています。田畑隆一郎先生は、生薬の働きを大きく8つ(流れる、下す、潤す、固める、散じる、温める、軟らげる、除く)に分けています。胃腸を温めるものとして膠飴、人参をあげ、二味の薬徴は、「胃の働きを助け脾胃の血脈を通わせ大補薬となし、激しい腹痛を治す」(漢法フロンテイア)とあります。脾胃の血脈を通わせ温める膠飴、人参に下焦の虚寒を温める蜀椒、陽気の流れをよくする乾姜を組み合わせると大建中湯になります。またその他、血分を潤すことによって流れをよくする阿膠、水気の逆行を下す茯苓、血を和し、寒を散じる当帰、水の動揺逆行を軟らげる生姜、小腸の熱を除き小便を利す通草、それぞれその働きの結果、血流が増してお腹が温まるのです。生薬の個性を知り、証にあわせられたとき漢方の効きを実感できると思います。この原稿をやっとのことで書き終えた10月の終わり、そろそろ駿府城外堀にも、少陰の時期が訪れようとしています。
参考文献: 薬徴 (田畑隆一郎著 源草社)
漢法ルネサンス (田畑隆一郎著 源草社)
漢方第三の医学 (田畑隆一郎著 源草社)
よくわかる金匱要略(田畑隆一郎著 源草社)
漢法フロンティア (田畑隆一郎著 源草社)

