漢方の臨床(2011年2月第58巻・第2号)の内容
題:当帰四逆加呉茱萸生姜湯と建中湯と柴胡桂枝乾姜湯
昭和50年、冬の朝。底冷えする田舎の小学校の講堂で、少年はいつも決まって渋り腹としもやけに悩まされていた。足の裏からの冷えがお腹へとつきあがり腹痛となり大便をもよおす。この少年、格好つけのやせ我慢タイプ。冬でも半袖半ズボンで過ごし、夏はアイスクリームに冷たいジュースでいつもお腹の中は水でガボガボ。根気続かず疲れやすい。20年後、冬の畑仕事で、長靴の底から寒さが上がってきてやはり腹痛。言わずもがな桂枝加芍薬湯、ところが当帰四逆加呉茱萸生姜湯の証である。平素から腹内に寒冷の水毒がこもっていて、外からの寒さが加わり、腹痛、頭痛に苦しめられる。「手足厥寒、脈細にして絶せんと欲する者、内に久しく寒あるもの」と傷寒論はいう。本方の脈細は、外気の寒さから身を守るために血管を縮めたための`細`で、厥陰病篇に顔を出し、「脈微にして絶せんと欲する」の通脈四逆湯と鑑別が必要である。また、少陽病虚証に位置するため、陽明病の入り口のわずかな逆(背微悪寒)の薬方「脈滑にして逆する」の白虎湯と比較している。白虎湯の`身重く`は、当帰四逆加呉茱萸生姜湯の疲れよりは遥かに軽い。当帰を主薬に置き、桂枝湯で外気からの寒さを防ぎ、桂枝湯中の大棗を倍量させることにより表に縮む血分を滋潤して順通下降させ、木通は当帰、桂枝、細辛と水血を緩め温めて利尿し厥寒を治す。また、呉茱萸は生姜とペアーを組み脾胃の気と水を温散下降し水の動揺逆行を和し`内に久しく寒あるもの`を治す。貧血気味の顔色で、頭痛持ち、冷えてお腹が痛み、しもやけになりやすい、腰痛があり、足の付け根が突っ張り、南国の果物や甘物が好物な方を目標に私は処方を決定する。また、寒い季節では服用して2-3日で体が温まるといわれることが多い。名の知れた登山家のお客様に、遭難しかかったときに奥様が飲んでいた本方を服用し凍傷にならずにすんだと感謝された。運動不足で甘いもの好きな現代人の体内は余分な水分でいっぱいであり、水は体内をよく冷やし、体外はエヤコンでよく冷やされる。まさに、婦人科の病気を作りやすい環境であり、当帰四逆加呉茱萸生姜湯の出番が増えている。
中略
少年は、中学生になりバスケット部に入った。体育館が無い学校であったので、冬の朝練は非常に寒さが厳しく、ここでもまた腹痛。加えて、過度のジャンプと背丈の急成長による両足膝の成長痛が始まった。この頃から思慮深くなり、緊張すると腹痛となり、手足の平は熱くてよく汗をかく。物音と匂いに敏感で、香水の匂いに酔ってしまう。時々心臓が重苦しく、急に鼻血が出ることもあった。短距離タイプであった為、疲れやすく、部活ではいつもベンチを暖めていた。この少年につける薬があるかというと、金匱要略に言う「虚労、裏急し、悸して衂し、腹中痛み、夢に失精し、四肢痠痛し、手足煩熱し、咽乾き口燥く者」の小建中湯はいかがなものか。本方を膝の成長痛には使用した例は無いが、本書「畑の面々その2」に登場した17歳マラソン選手の筋肉の炎症と貧血が改善された例や気弱な受験生が本方を服用し集中力が増して難関大学に合格した例はある。小建中湯の主薬は、飴である。飴は能く胃の気を助け、脾を和し、腸胃を寛にする。また血分を寛にするともあり、多く食べれば必ず歯を損じるとある。師田畑隆一郎先生にこの飴の大切さを教えていただき、先生自家製の飴のおかげで助けられたお客様は数知れない。好奇心旺盛で単純な私は、すぐに飴作りに挑戦してみた。畑の師匠である東京麻布松伯堂医院の中村篤彦先生と共に。朝早く中村先生の作業小屋にて、まずもち米をふかし、その中に目が出始めた大麦をよく混ぜる。鏡餅の大きさに固めて、お湯を引いた浴槽の上に一晩寝かせる。翌日もち米が糖化されておいしそうな飴の出来上がりである。実はここからが大変。糟と飴を遠心分離機にて分けるのだが、コップいっぱいの飴をとり出すのに半日を要してしまった。しかもお風呂の温度が高すぎて糖化が進みすぎてすっぱい飴の出来上がり。この日は散々であった。余談では有るが、この飴作り以降、飴の魅力に取り付かれ、兄弟子の真岡の塚田先生からご紹介を受けた金沢の水あめを取り寄せたことがあった。さすが本場、もちの10倍はあろう粘りは、私の歯の中の詰め物をすべて剥がしてしまった。「多く食べれば必ず歯を損じる」を、身をもって理解した一幕であった。桂枝湯の芍薬を倍量して作用点を腹部に引き下げた桂枝加芍薬湯を引き連れた飴は「腹中急痛」に働く。「中」が意味するように、ひどく痛む腹痛には丸薬の本方でも劇的に改善される。病位は「太陰病」で、婦人の主薬当帰を加えると「婦人産後、腹中刺痛」の当帰建中湯に体を変える。「刺痛」と言うようにひどい生理痛には大変よく効く。また、当帰建中湯には、基本は飴が入らず大虚ならば飴を入れるとあり、ストレスが多く、運動不足、睡眠不足の働く女性の不妊症には大活躍である。不妊症の方に必ずお勧めしていることは、運動として縄跳び1000回と、身体を温める食事、大豆、ごはん(玄米)、ゴマなどの土に蒔いて芽が出る生命力をたくさん含んだものをとる食事である。おせち料理の黒豆は、人がまめまめしく働けるようにとの意味が含まれているようであるが、生薬のマメ科の黄耆を当帰建中湯に加えたほうが、元気が出て不妊症によい結果が出やすいのは偶然であろうか。桂枝湯を同じ親に持つ当帰四逆加呉茱萸生姜湯も、原典の通り米を醗酵して作られた清酒を水半分と煎じた方が飲みやすくなりよく温まることから、米を好む女性は体形もお米のようにふっくらして、性格も穏やかになり子供が出来やすくなるのではないかと考えている。もちろんそんな単純にいかないことも分かっている。
中略
今当に、昭和の時代が幕を閉じようとしている昭和63年の12月。少年は大学4年生となり抱いていた大きな夢を諦め、漢方の道に一歩踏み込もうとしていた。仕事においては思い込むとそれしか見えなくなる性格で、悩み始めると止まらなくなり、精神困乏し、疲れやすく、根気続かず、頭からよく汗を出し、胃内停水があった。「傷寒、已に発汗し、復た之を下し、胸脇満微結し、小便不利、渇して嘔せず、但だ頭汗出で、往来寒熱し、心煩する者。」の柴胡桂枝乾姜湯の証が既に備わっていたのである。小学生時代のアイスクリーム、冷たいジュースが大好きの果物顔(小倉重成先生の望診より)の小建中湯証の少年は、青年期で柴胡桂枝乾姜湯証に変化し、四十を過ぎて、八味丸のお世話になりつつある。そして老年では茯苓四逆湯合芍薬甘草湯に助けられるのであろうか。私が最も愛している柴胡桂枝乾姜湯主薬の二味の薬徴である「柴胡・黄芩」は胸脇苦満を緩和するが、本証の場合、発汗、下法により虚証に陥ったため胸脇満微結となり、体液不足による小便不利と渇が現れるが嘔する力は無い。頭からは体液を留める力が弱いために汗が漏れていき、体内水分量不足による心煩が現れる。本方に、陰証で多く使用される「甘草・乾姜」が入るのは、胸中を温め体力回復を早める為で、危篤の証である厥陰病で使う茯苓四逆湯や、通脈四逆湯の「甘草・乾姜・附子」の働き方に近いと考察する。夏の暑い日の午後3時から私は決まって心が落ち着かなくなり、気持ちが焦り始める。日が沈むころになると気持ちがスッと落ち着く。3時のおやつの代わりに、「柴胡・甘草」が入った甘苦い本方を使用すると、30分で気持ちがよくなり肩の力が抜ける。私は、この症状を心煩と捉え、薬方を選ぶひとつの目安としている。不妊治療においては、心の問題がとても大切になってくる。ホルモン値を始め、気質的にも、ご主人にも問題が無いご婦人に、ご家庭の事情や過去の経緯を聞いてみると必ず心の問題が隠れている。数年前に流産してからその悲しさから抜け出せない方や、仕事の人間関係によるストレスが原因となっている。吉益東洞曰く、「毒を出す」事が日本漢方の基本であるならば、涙を流すことも毒を外に出すことに含まれるのではなかろうか。ご相談中に感情が高まって涙を流す方ほど結果が出やすいのは不思議である。しかしそこに行き着くまでに要する時間は平均2時間である。
中略
亡き父がつけてくれた「寛」という文字は寛大の意味。胃腸を寛にする、膠飴が主薬の小建中湯が私の得意処方なのも何かの縁を感じてしまう。日々お客様と机に向かって相談をしていると病気の原因はストレスが根本にあるケースがほとんどである。ミスが許されない仕事や、人間関係で悩み、体が異常緊張してそれが内臓の血流を悪くしている。婦人科疾患の原因といえる「瘀血」を作っているのである。体は緊張を緩めようと甘いものを欲しがる。甘いものは体を冷やし、より血流を悪くさせる。畑で言う農薬と化学肥料の悪循環に入ってしまう。そんな時心を寛大に持っていくことが大切である。その方法は私の場合農作業になるのだが、都会ではそううまくいかない。だから私たちは、寛大な心を持ってじっくり相談に臨み、少しでも患家の心を寛にしてあげる必要がある。漢方相談とは、正しい「証」の見極めと、病めるものと心ふれあう場。師がいつも言われている言葉である。
参考文献; 薬徴 (田畑隆一郎著 源草社)
漢法ルネサンス(田畑隆一郎著 源草社)
漢方サインポスト(田畑隆一郎著 源草社)
静岡県静岡市葵区東草深町22-1 むつごろう薬局 薬剤師 鈴木寛彦

