| 『薬徴について』 むつごろう薬局 白井憲太郎 類聚方広義題言十則に「薬能を明かにして後、方意得て詳かなるべく、方意を詳かにして後、方用得て精なるべし。」とあるように、漢方家にとって薬能を識るということは証を把握する上で最も大切なことである。但だ、ここでいう薬能を識るとは、むやみやたらに分析をするということではなく、患家の証に合した薬能を識るということである。古人はこれを"方証相対"と呼んだが、この方証相対を解するに当っては、吉益東洞先生の著'薬徴'の右に出るものはないであろう。まさに臨床のみを重視した世界に誇れる薬草書である。但だ、この東洞先生の血と汗と涙の結晶は、形式を廃除し過ぎたぶん言葉足らずで、未完成な部分も多いため、西洋化・合理化を学んできた現代人の思考では、埴輪(はにわ)のように'過去の遺品'になりつつあるようで恐い。俳句にも見られるように、日本文化の特徴は'単純化'にある。薬能が絞りに絞られて一能(主治)まで研ぎ澄まされた薬徴は、時として鋭利な刃物に変わり、患家の体内に滞った病毒を削ぎ落とす。これが万病一毒説、すなわち東洞医学=古医道の真骨頂とは云えないだろうか。 薬徴は頭で理解するというよりも、全身で感じとった方が良い。'急迫を治す''肌表の水を治す''水を遂う'というような表現は、実際の臨床では目に見えるわけではなく、肌で感じとり、何となくイメージされるものである。よく東洞先生は目に見えぬものを廃したと云われているが、建殊録からも分かるように、実際の臨床では目に見えない非常に僅かな煩などを感じとっている。東洞先生が廃したものは目に見えないものではなく、'形式'だったに違いない。 物事には、常に'本質'と'形式'がある。例えば、大自然にそびえ立つ大木が'本質'であるなら、植木鉢の植木が'形式'になる。つまり、人間が都合のいいように作った物が'形式'であり、時間をかけて自然に出来上がった物が'本質'となる。漢方でいうなら、人間がただひたすらに生きるために、病と闘い、そして治病していく光景がありのままに描かれた傷寒論が'本質'であり、人間が理解しやすいように書き換えられたそれ以降の医学書が'形式'になる。そしてそのことにいち早く気が付いた東洞先生は、治病の本質に迫るため、敢えて形式を廃除し、進路を'古'にとっていったのではないだろうか。 薬徴は未完成である。しかし、それを読んでいくと、形式を徹底的に嫌い、常に本質を見据え、真実と向き合いながら格闘し続けた東洞先生の姿勢が感じられる。生薬をラテン名で覚えても、どんなに分析しても、薬徴でなければ実際の臨床では何の役にも立たない。これは、どんなに栄養学が発達しても玄米食を越えるサプリメントは出てこないのと同じことである。何事も西洋化・合理化・近代化が進む現代だからこそ、敢えて薬徴を叫びたい。薬徴は薬書であると同時に、常に本質を求め、古に還り、古を尊んだ日本人の文化でもある。今では、多くの日本人が欧米化の風潮に流され、常に新しいものを求め、古を粗末にしている。そしてその結果、新たな難病に悩まされている。古方家はもう一度、薬徴の感性に戻り、新たな難病・奇病に立ち向かっていくべきではないだろうか。 (薬剤師:沼津市下香貫下障子3142)
参考文献 (1)吉益東洞原著・尾台榕堂校註:和訓類聚方広義・重校薬徴(西山英雄訳)1976
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