| 漢方講義 むつごろう薬局 薬剤師 鈴木寛彦 (はじめに) 畑から漢方の原料を無農薬有機肥料で作り始めて15年になります。自分で畑を耕し、種を蒔き、雑草を引くことによって、本には書いていない本当の漢方が、理解できるようになりました。また、自然から多くのことを学びました。早起きしておいしい空気を吸い体を動かし汗をかくと1日がとても快調であること。畑で大きな声を出すと元気が出てくること。暑い夏に採れる食べ物は、ほてった体を冷やしてくれること、逆に冬に採れる食べ物は体を温めてくれること。魚や野菜を頭から尻尾まで食べると間食が必要なくなること。蒔いて芽が出るものを食べると生命力が付くこと。そして、その土地に育ったものを食べると健康になること。その他まだまだたくさんあります。 「自然と一体になること」こそが、漢方医学の基本になることだとわかりました。
①その土地に育ったものを旬の時期に合わせて食べると健康になる「身土不治」という言葉があります。昔であれば当たり前のことですが、現代社会ではたいへん贅沢なことです。以前に子供をむつごろう畑に連れて行き、そこでできた人参を一本引き抜いて渡したところその場で'おいしい'と丸ごと食べてしまいました。確かにこのようなことが毎日できたら、病気になりにくいでしょう。今は一年中夏野菜が食卓に並びます。なすやきゅうりがいつできるのかを、子供が即答できないのも不思議ではありません。野山の旬の野菜の臭いと味を覚えたら本物と偽物の区別はつくはずです。その賢さが必要な時代です。 漢方薬の成分の中で有名な「柴胡(サイコ)」という生薬があります。2年前より北里大学と一緒に共同研究をしている薬草でもあります。漢方薬の成分はすべて中国が中心と思われがちですが、実はこの「柴胡(サイコ)」は静岡県三島市が有名で、昔から良品として三島柴胡というブランド名にもなっております。この相模原も'柴胡が原'と言われていたそうですね。 今日、病院で肝臓病によく使われる漢方薬の「小柴胡湯(しょうさいことう)」の中心成分です。柴胡の種は、小さな粒で発芽に1ヶ月ぐらいかかります。忘れたころに土の中からうさぎの耳のように2本の葉がぴょんと出てきます。少し大きくなって根元を見ると、赤紫色になりますので周りの雑草との区別ができます。何しろ繊細な薬草ですから、無農薬で育てますと1年目は雑草とりで骨が折れます。しかし、秋に咲く小さなかわいらしい黄色の花は私たちの心を和ませてくれます。柴胡は3年で、真っ白になって枯れていきます。すべてを子供(種)に託して死んでいくのでしょう。3年目の種の発芽率が良いのもそのためでしょうか。その枯れた柴胡を燃やしてみるとバリバリ良く燃えます。たくさんの油が含まれているからです。柴胡は、その油で暑い夏の日照から身を守るのです。その油が漢方薬として身体に入ると油の集まりやすい胸脇部(肝臓、胆嚢など)で力を発揮します。胸脇部に溜まった汚れた油(毒素)を十二指腸に流し、大便で排出させると考察しております。 私が愛用している漢方薬の「柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)」の中心成分でもあります。この漢方薬を説明する前に少し漢方医学の基礎について説明します。
(1) 漢方の名称は、わが国独自のもので、明治以降に用いられた言葉です。 中国文化が最高に花開いた時代「漢」をいただく名称としました。漢方医学の成立は、地理的条件によって大きく3系統に別けられます。
(i)黄河文化圏 不毛の乾燥した土地に住む遊牧民が、外からの穴(つぼ)の刺激で病気を治す、鍼、灸の医学を生み出し、また常に自然の脅威にさらされていたので天体の運行や季節の変化をとらえ、「天人合一説」「陰陽説」「五行説」という自然哲学を作り、発展させた。そのまとめた本が「黄帝内経」(こうていだいけい)である。
(ii)揚子江文化圏 天然資源に恵まれ、不老長寿の薬に奔ってしまう。自然物利用の薬物療法「神農本草経」(しんのうほんぞうきょう)が有名。
(iii)江南文化圏 高温多湿で、流行病発生の危機に常にさらされていたこの地域の種族は純医療的な薬物療法に全力を尽くした。多くの急性伝染病に共通する症候群に対して、民間薬的な1種類の薬物ではその効果は心細いので、数種類の薬物の綜合作用に期待をさせ、その効果がいかんなく発揮できる条件を追及した。長い間の多くの人々の努力と経験が整理され一定の薬物を配合した処方とそれに適応する条件の原則が見いだされ「証(しょう)」となった。 「漢」の時代に完成した「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」が有名な医学書である。 時代は流れ現代社会。日本で行われている漢方療法は大きく3つの派に分かれました。それが「古方派(こほうは)」 「後世派(ごせいは)」 「中国医学漢方」です。 以後の話は、私たちが勉強しています、古方派漢方医学より説明いたします。
(2)「証」について 証とは、相性みたいなものです。病人の今の症状と、それに合った漢方薬の相性を合わせるという意味です。例えるならば鍵と鍵穴です。その鍵が少しでも違うと病気を改善することが出来ません。そのため、漢方成分の1つ1つの成分をよくつかみ、また、その成分が活躍するタイミングを待ち、ここぞという時に使います。また、漢方の生薬は、それぞれ自分の力を発揮させてくれるよきパートナーがいるので、全体のチームワークをよく知って使うことも大切です。漢方の使い手になるのは、大変ハードルが高いことだと日々感じております。
(3)「虚」「実」について 「実」は身体の中が毒素でいっぱいになっていることで、「虚」とは'空っぽ'の意味で、気力、体力が衰退している状態です。 実証は、身体全体が過緊張状態で顔色も良く、張りがあり汗はかきにくく、便秘傾向。虚証は、全体的に力が無く、顔色がすぐれず、声に力なく無気力で疲れやすい。寝汗があり、下痢しやすい。
(4) 「陽」と「陰」について 「陽」とは積極的状態、「陰」とは消極的状態です。 3つの「陽」(太陽病=たいようびょう 少陽病=しょうようびょう 陽明病=ようめいびょう) 3つの「陰」(太陰病=たいいんびょう 少陰病=しょういんびょう 厥陰病=けっちんびょう) からなり、大きく6つのグループに分かれます。
| 陽 | 第1グループ(太陽病) | ・・・ | 病の場所は皮膚にあり。そのときの治療は汗で病邪を追い出す。(桂皮・麻黄チームが活躍する。) | | 第2グループ(少陽病) | ・・・ | 病の場所は皮膚にあり。そのときの治療は汗で病邪を追い出す。(桂皮・麻黄チームが活躍する。) | | 第3グループ(陽明病) | ・・・ | 体力と病邪が伯仲した天下分け目の戦い。病の場所は消化器官。下剤で下せ。(大黄・芒消チームが活躍) |
| 陰 | 第4グループ(太陰病) | ・・・ | 負け戦は温めて腹を守れ。病の場所は消化器官。(乾姜・芍薬チームが活躍) | | 第5グループ(少陰病) | ・・・ | もっともっと温めて。病の場所は消化器官。(蒼朮・附子チームが活躍) | | 第6グループ(厥陰病) | ・・・ | 危篤の病期。胸郭内を温めて守れ。(甘草・乾姜・附子チームが活躍) |
さて、話を「柴胡(さいこ)」に戻します。 この柴胡は、第2グループ(少陽病)に入る漢方処方に多く含まれます。黄_(おうごん)という良きパートナーを得て、汚れた油(体内毒素)を消化器官に流し、排泄させます。この第2グループ(少陽病)になると、自覚症状として、口が苦い、咽が渇く、めまいが起こりやすくなります。私が愛用している「柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)も第2グループの虚証の漢方薬です。これについて少し説明しますと、
証(しょう) 「傷寒已に発汗し、後に之を下し、胸脇苦満微結し、小便不利し、渇して嘔せず、ただ頭汗出で、往来寒熱し、心煩するもの」『傷寒論』
成分(柴胡・桂枝・乾姜・_呂根・黄_・牡蠣・甘草)
私事ですが、朝は調子が良いのですが、昼食を食べてから胸脇の間が張るように苦しい (柴胡・黄_。)仕事のことで気持ちばかりあせってしまい疲れやすくなる。根気が続かない(柴胡・甘草)。胃の中で水の音がちゃぽちゃぽ聞こえ、疲れたり冷えたりするとせきがでる。(甘草・乾姜)。あせると頭より汗をかく(桂枝・甘草)お腹の少し上を触ってみると脈を打っている(_楼根・牡蠣)。そして夕方日が沈むころになると落ち着く。 この漢方薬を飲むと30分でスーと気分が落ち着きぐっすり眠れるようになります。まさに私の心を和ませてくれます。(まさにストレスを中和する漢方薬です) また、「柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)」という漢方薬があります。静岡市民の耳鳴りには良く効きます。静岡が産地のこの生薬が地元の方の病気に良く使われ、よく効いていることを考えますと、これこそ漢方薬の「身土不治」でしょうか。
② 蒔いて芽が出るものを食べると生命力がつく私たちは伊豆に1800坪の薬草園で当帰、芍薬、柴胡をはじめ漢方の原料になる薬草を育てております。昨年は、2000本の当帰を植えました。ここ数年地球温暖化の影響でしょうか、日照が続き収穫量が悪く昨年はとうとう夏の間毎日ポンプで水をまきました。そのかいあってか200Kg近い当帰が出来上がりました。その当帰を使って特に不妊症の方に役立てようとスタッフ一同頑張っております。この2年間で平均70人ほど子宝の便りが届きました。本当にうれしいことですし、大変やりがいがあります。では、私たちが力を入れている「不妊症」について少しお話させていただきます。
元気な卵子(種子)は健康な身体(土壌)から 元気な卵子を作るには、まずお母さんの身体が健康でなくてはなりません。そのためにはまず生命の有る食べ物を食べる必要があります。漢方では、蒔けば芽の出るものには生命力が有り、不妊の方には欠かせないと考えます。例えば、里芋・山芋・薩摩芋・じゃが芋などの芋類、大豆・黒豆・緑豆などの豆類などです。もちろん御飯も蒔けば芽の出る玄米のほうが白米より生命力が有ります。逆に良くない物は、アイスクリーム・スナック菓子・菓子パンなどです。芋や豆、玄米が主食だった昔の人が1人で6人も7人も子供を産んでいたのを見れば、効果は歴然としています。
【症例】37歳女性。身長160cm体重47kg。結婚して7年になるのですが、赤ちゃんになかなか恵まれず、体外受精を7回ほどやったそうですが、1度は妊娠するものの5週目で流産したとのことでした。体質的には、かなりの冷え性(特に足)で疲れやすく、胃腸もあまり丈夫ではありません。脂っこい物や冷たい物を飲んだり食べたりするとすぐにお腹を壊します。また肩こり・頭痛・立ちくらみなどもあり、貧血傾向です。好きな食べ物は、パン・ヨーグルト・コーヒー等です。
【この方に出した漢方薬】この方の場合、胃腸が弱いため、食べ物を血液に変えることができず、貧血(血液の栄養不足)になっています。そのため卵巣にしっかりと栄養が送られず、元気な卵子が作られない状態になっていると考えられます。胃腸は生命力の根源です。植物に例えるなら根っこのようなものです。畑の植物も根っこが大地からはみ出して冷えてしまったり、肥料が足りなくて根っこがしっかりと育たなかったりすると、実(赤ちゃん)は着きません。ですのでこの方の場合、まず初めに胃腸を温めて丈夫にしていくことを体質改善の中心に考えました。食事は、なるべくパン食を止めてもらい、ごはん(出来れば玄米)中心にしてもらいました。また胃腸を冷やすヨーグルト・コーヒー・果物・生野菜等は極力控えてもらいました。漢方薬は、胃腸を温めて食べ物の消化吸収を助ける小建中湯(しょうけんちゅうとう)という薬に、お腹(卵巣や子宮等)を温めて血行を促進させる当帰(とうき)を加えた当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)を処方しました。1ヶ月が経ち来局されると、だんだん下痢をしなくなり、身体が温まってきているとのことでした。さらに2カ月が経ち、病院で再び採卵してみると、以前は2,3個しか出来なかった卵子が7,8個採れ、グレードも良くなっているとのことでした。その後2度ほど体外受精をしますが、結果はでませんでした。しかし体調はどんどん良くなっており、それから1ヵ月後、自然妊娠され無事出産されました。
③早起きしておいしい空気を吸い体を動かし汗をかくと1日がとても快調である。畑で大きな声を出すと元気が出てくる。漢方医学の考え方に「気(き)・血(けつ)・水(すい)」という概念があります。体内を流れる血液(血)、リンパ液(水)およびその流れをコントロールする神経系(気)が正常に作動していれば、病気にならないと考えられています。むつごろう薬局の健康五か条にも、心と身体は常に一体であると言っています。癌に侵された弁護士さんが、すべての仕事を中止して1人山にこもること数年、癌を克服され、もどってきたという話はあまりにも有名です。また、大きな声で笑うことは免疫を高めると吉本興業が研究をしていましたが、これもほんとの話です。昨今の1億総ストレス時代に'気'の力を十分活かすことは元気で生活するため非常に大切なことです。漢方医学の気の異常は、上衝と欝滞(うったい)があります。のぼせて頭がほてったり、頭痛、めまいひどくなると錯乱状態にまでなります。この状態を上衝と言い、桂枝加桂湯、苓桂甘棗湯を使います。また、咽に欝滞して、何かつかえている症状があり、盛んに咳払いをする場合は半夏厚朴湯を使います。血の異常は_血(おけつ)と出血です。特に_血は、お聞きの方は多いと思いますが、_血になると 花粉症や、鼻炎から始まり生理不順、生理痛、子宮内膜症、卵巣嚢腫、痔、肝炎、自律神経失調症果ては癌に至るまで限りなく悪さをします。また、_血は陰性と陽性に分かれそれぞれに使う漢方薬が違ってきますが、食事でも陰性の_血の方は、生野菜、お酢、南国の果物をさけ、身体を温めるものを食べてください。また、陽性の_血の方は、お肉、赤身の魚をさけ、日本食中心が良いでしょう。水の異常は、水滞(すいたい)といって、字のごとく体内に余分な水が溜まり、悪影響を及ぼします。喘息、めまい、どうき、頭痛、下痢、冷え、不眠、便秘、身体の痛み(リュウマチ)、むくみなどです。砂糖を採ることが多くなった現代人は、体内に水を溜めやすくなってきていますので、甘いものは少し気をつけてください。
④暑い夏に採れる食べ物は、ほてった体を冷やしてくれること、逆に冬に採れる食べ物は体を温めてくれる。最後になりますが、今日本はまさに飽食の時代です。私たちが尊敬する、栄養士 幕内先生の「粗食のすすめ」はぜひ一度、読んでいただきたく思います。戦後、食の変化は、私たちに今までには無い病気を増やしました。その影響を一番受けているのが女性ではないかと考えています。若いうちは冷え性 生理不順、そして不妊症その先は更年期障害、婦人科の病気です。やはり食の基本が大切です。漢方医学の基本も原点は食事です。陰陽食事表を参考にしてみてください。(おわりに) 2002年に青山店が出来てから、東京に出ることが多くなりました。約200Kmの道のりを新幹線で1時間で結びます。大変便利になりました。先日、耕運機で畑を耕していたら、1時間で100mも進みませんでした。あまりのスピードの違いです。現代社会が進むスピードはより速くなり、それに人が追いつかず、身体を崩す人が増えています。1時間で100mは、大変心地よく、今までに見えていなかったものが、たくさん見えてきます。そしてそこから生まれる発想力は、機械では到底及ばないスピードをもつことが出来るのではないかと考えております。どんなに文明が発達しても自然の力には及びません。自然と一体化していくことが、大切な時代ではないでしょうか。
(略歴) 静岡県出身。北里大学薬学部卒業。無門塾会員、東洋医学会会員。1993年むつごろう薬局開局。日本漢方の第一人者田畑隆一郎先生に師事、現在、先生の指導のもと無農薬有機肥料で生薬栽培、研究している。また、東邦大学薬学部にて非常勤で漢方の講義をしている。
(参考文献) (1) 田畑隆一郎著:漢方ルネサンス 源草社 (2) 田畑隆一郎著:漢方第三の医学 源草社
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